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松平盟子選 秀逸

 正体を明かされぬままもつ包み季節はずれの嵐が寒い /紀水章生

(以下、コメントです)
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 誰かに持たされた「包み」。中身は何か知らされていない。責任だけを託されながら内実を了解できぬ立場に置かれたのは、もしや相手から信頼されていないのではないか。そんな状態に発する心のアンバランスさが下句にこめられているのだろう。そして、あるいは企業の歯車となって働くとはそういうことなのかもしれないのだ。
-----------------------------

 ありがとうございました。
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コメント

ありがとうございます

くもさん、こんにちは!
コメントありがとうございます。

選者になる…100年くらいかかるのでは。(笑)

おめでとうございます

こうやって載るのってうれしいですよね。

わたしにも経験があります。

しかし、ねこさん。上をめざしましょう。

つまり、歌が秀逸に選ばれるのでなく、
選者になることをめざしましょう。

磯さん、いらっしゃい!(^^)

どうもです!
ま、まぐれ…という感じはありますが、たまにはこういうこともないと…。(笑)

本、買ってきましたよ

うれしいですね、知ってる人が載ってると

まずは、良かった良かった

そう、この<思い>というもの

大事なんだと最近感じています。

短歌は相聞と挽歌に尽きると昔から言われているのはそこに真実の思いがあって、言葉があふれて来るからです。

何年かたてば基礎の表現力は身につきますから、後はこの思いをどう掘
り起こしていくかという事なのでしょう。

いつも恋をしていたり悲しみにくれている訳でない。
普通の生活の中で(人に対する)思い、(物に対する)イメージを深めること・・・つまりは感性を磨く事。

プロの歌人のすごさはこの感性にあると思います。

意識的に感性を磨くなんて難しいですが・・・


そう自分探しですね。
私はもともと自分探しの好きな人間で、短歌の中には一番純粋な本当の自分がいる。
そして誰も私を侵すことが出来ない。
それが私が短歌に嵌った理由です。

やねうらねこさんの歌は自分と歌との間にある程度距離を置いた客観的な歌が多いですね。
それだけに自分の方向性をどこに持って行くか難しい部分もあるかもしれません。
でも、この傾向がやねうらねこさんの個性、短歌研究の応募作も素敵な歌が多いですし、大いに悩んでまた飛躍してくださいね。

沙羅さん、コメントありがとう!

沙羅さん、最近すごいですよね。沙羅さんの歌は、強い思いが底に流れている作品が多いですよね。底に流れている強い思いがしっかりと根をはっているだけに、言葉がうまくおさまったときには、すごく実感を伴ってせまってきます。

>すんなり出来て手ごたえのあるとき掲載される事が多いです。

うーん…うらやましい。それだけ歌についてしっかりとしたものを持てているってことですね。私はまだ曖昧模糊とした部分があってこなれていない感じです。

そういう意味では、まだまだだし、これはある種の自分さがしみたいな感じかもしれません。

文さん、ふたたびコメントありがとう! (^^)

自分の好みとか、自分の個性だなぁと思う部分は…おりにふれ感じ自分でも感じ
てています。でも、それが生きた形で、他からも評価されるような歌にするには
どうすればよいかというと、これがなかなか難しい。それと私自身について言えば、あまり不幸でもなく、しんどいめもせずに、のほほんと暮らしているので、インパクトも深みもない歌になってしまいがちではないかと…。

おめでとう~

やっぱり素敵な歌でしたね。
都会のビル街に吹く寒い風を感じます。
ビルの谷間に包みを抱えて悄然と立っている人をイメージしました。

新聞の歌壇や短歌専門誌やNHKやそれそれ傾向がありますね。
その傾向に合った中では、私の場合自分の評価と掲載された時の評価は割りと一致します。
すんなり出来て手ごたえのあるとき掲載される事が多いです。

好きな歌でも傾向からは外れてるなと言う歌は応募しないで他の所に出します。

自分らしさは失いたくないが、進むべき道がこれでいいのかと思う時どこかで評価が欲しいですね。
解ります。

私の場合掲載されたいと言う縛りからは自由になって、その傾向の歌が出来た時だけ応募し、たまに掲載されると単純に喜び、
掲載されないだろうなと言う傾向の歌は別に気にせず作ってという感じです。

> 自分の評価と他からの評価とがなかなか一致しません。

これは私も良くあります。
短歌研究詠草や公募短歌館では、これぞというものがなかなかとってもらえなかったり、それほどに思っていなかったものが、いいポジションで採ってもらえたり。
何気なくするっとできた歌、肩の力が抜けた歌が、採ってもらうことがあるように思います。
私は感情を前面に押し出しすぎる時があって、それは自分の為にそう詠わざるを得ないからそうなるのですが、そんな歌は押し付けがましくなるわけで、伝わらないようです。とくに歌誌や新聞とうの投稿欄の場合は、激しすぎる歌もダメみたいですし。

評はすばらしい…(’’)

文さん、ありがとう

>松平盟子さんの評も
松平さんの評はすばらしい…。(苦笑)

しかし、自分では今ひとつつかめていない。いろいろと試してみているのだけれど…全然だめなときも多いし、そうかと思えば何かの拍子にとってくださることもある。
自分の評価と他からの評価とがなかなか一致しません。その中で自分のスタンスをどう決めていくか…難しいですね。自分が考えている自分らしさみたいなものは大切にしたいですし…。それが全然評価されないとなると、迷いも生じます。

「秀逸」、やりましたね!

松平盟子さんの評も、深い。こういう風に読んで頂けると、なおさらうれしい。 ますます、深みにはまっちゃうかも、歌の・・・。

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